しあわせる。ニュースレター Vol.03

「尖った人を受け入れるゆとりが、富山にはある」

林千晶 株式会社QO代表取締役社長

富山から世界のファンとダイレクトにつながる

 QO代表取締役社長の林千晶さんは、昨年10月の「しあわせる。富山」のスペシャルセッションで「ものづくり企業が大きく変わるには、社会に対して会社を開くことが必要」と、チャレンジする大切さを訴えた。また「しあわせる。富山」は一過性のイベントではなく、集まった人たちが次のアクションを起こし、一歩前に進もうとする気持ちを後押しする機会にもつながっていると指摘。「しあわせる。」という言葉にも、気取らず、等身大の自分を大切にする「富山らしさ」が反映されているようだと語った。

 後日、スペシャルセッションでともに登壇した高木新平さん(富山県成長戦略会議委員/ニューピース代表取締役CEO)や知人を誘い、都内で食事会を開いたそうだ。そのときに呼ばれた地方創生と漁業組合のイノベーションなどに取り組む男性や、イーロン・マスク氏の広報も務める女性なども富山への造詣が深く、その場で富山ツアーの開催が決定。1泊2日の日程で、富山市東岩瀬の日本料理店「御料理 ふじ居」や立山町の酒蔵「IWA」、美と健康がテーマの「Healthian-wood」、新湊の「水辺の民家ホテル」などを訪ね、さらなる拠点開発やプロジェクト創発の可能性を見出している。

 林さんにとって、富山県は地方創生で最も注目している地のひとつ。「富山県全域の地図を思い浮かべたときに、東には黒部ダム、西にはワイナリー『SAYS FARM』や『水辺の民家ホテル カモメとウミネコ』、南西部にはミシュランの星付きレストラン『L'evo』や『楽土庵』があり、県内各地に拠点となる場所が点在する。そのすべてが日本トップレベルのクオリティなのだから、驚くべきこと。富山はもっと自信を持っていい」と力説する。起業においても、富山県が推進するT-Startup事業のほか、SCOP TOYAMA(創業支援センター、創業・移住促進住宅)などがあり、ともに順調に事業が推進されていると高く評価している。

 ここで林さんのバックグランドを簡単に説明すると、クリエイティブの力で日本を元気にすることを目的に、2000年に「ロフトワーク」を共同で創業、22年まで代表取締役会長を務めた。デザイン経営やクリエイティブ産業の重要性を問うなど、デザイン領域では一定の成果を果たした。ただ、日本全国と接点を生みたいと考えていたはずなのに、実際は東京や地方都市での仕事がほとんどだったという。それを実感したのが、2019年に実施した国からの補助を受けた大型プロジェクト。デザイン経営の実践を支援するプログラムで、全国の中小企業から応募を募った。しかし、強く打診しても乗ってくれないエリアがあった。「比較的元気な都市は動脈のようにつながってくれましたが、手を挙げない地域からの声は全く聞こえない」。林さんは、このままではダメだと感じた。声が聞こえないエリアには、自分が足を運び、どんな考えなのか、何を企んでいるのか聞かせてもらおう、そう考えたのだ。現在は、秋田県に通い、科学技術振興機構(JST)からの支援を受けている「共創の場形成支援(COI-NEXT)プログラム」の元で、秋田県立大学・公立国際教養大学・秋田公立美術大学の三大学連携に取り組んでいる。「地域を支えるZ世代の人材育成を柱に、地方でしか生まれない起業家の意識を高めています。少子高齢化が抱える課題は、秋田も富山も同じ。でも考え方を変えると、ヨーロッパみたいに人口密度が低く、マイペースに楽しめるようになるのではとポジティブに捉えています」と語る。

 一方でインフラは、現在の仕組みや規模のままでは利用ができない時代が訪れると危機感を抱く。「富山県は多層的なモビリティシステムを構築し、不便さを解決するための事業創造をもっと支援すれば、今後も充実した暮らしができるはず。現在も富山市では路面電車が巡回するなど、先進的な取り組みがされている。ここに自動運転特区を重ねるなど、地域や業界全体でもっと変革を起こせば、本当に面白い場所になる」と力を込める。

 富山県の真の魅力は、人と違うことにチャレンジする人を応援する土壌があることだと言う。「前田大介さん(前田薬品工業代表取締役社長)や枡田隆一郎さん(枡田酒造店当主)、谷口英司さん(L'evoオーナーシェフ)など、行政や地域の意見などを気にすることなく我が道を行っている。尖った人を受け入れるゆとりが富山にはあるから、あらゆるジャンルでこれを維持してほしい」と願いを込める。同時に、富山県には食文化や建築物など海外の人たちが日本は素晴らしいと感じる部分が凝縮されていることに着目している。「東京に売ろうとするのではなく、ニッチな存在でもいいかなら世界のファンと直接つながることを考えてほしい。一人ひとりが海外の友だちを作って、富山とつながってもらう、遊びに来てもらう。個人がアクションして、人のつながりをつくることが今の富山に求められている」。林さんが全国各地を見てきた経験を踏まえ「新しいことを始める時の一番の抵抗勢力は地元の人々となってしまう場合がある。それは全国どこも同じ。出る杭を打つような県や人ばかりの地域に未来はない」と力説する。「富山県はデザイン経営したい企業や起業家をもっと応援することで、小さいけれど面白い企業やプロジェクトがたくさん出てくるはず。これからも大好きな富山県との連携やプロジェクトをたくさんしていきたい」と語った。

林 千晶 氏

株式会社QO 代表取締役社長

早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。花王を経て、2000年に株式会社ロフトワークを起業、2022年まで代表取締役・会長を務める。退任後、「地方と都市の新たな関係性をつくる」ことを目的とし株式会社QOを設立。秋田・富山などの地域を拠点におき、地元企業やリーダーとのプロジェクトを企画・実装し、時代を代表するような「継承される地域」のデザインの創造を目指す。グッドデザイン賞審査委員、「産業競争力とデザインを考える研究会」など。森林再生と地域産業創出を目指す飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)取締役会長も務める。富山県成長戦略会議新産業戦略PT委員。